ラートクラバン工業団地の特徴

はじめに
ラートクラバン工業団地(Lat Krabang Industrial Estate)は、1978年に開設されたタイの首都バンコクに位置する主要な工業団地である。タイ政府による工業化促進策や東南アジア経済全体の成長を背景に、同国では多数の工業団地が整備されてきた。その中でもラートクラバン工業団地は、空港や港湾といった物流拠点に近く、幅広い分野の製造業やサービス業が集結していることから、投資家や企業にとって魅力的な立地であるといえる。さらに、ラートクラバン工業団地は東部経済回廊(EEC: Eastern Economic Corridor)にも近く、タイ国内でも特に工業用地としての潜在性が高い地域に位置している。タイ政府機関による投資優遇政策や輸出促進政策の恩恵を受けやすく、進出企業にとっては輸出入のコスト削減や利便性が見込めるのが強みである。
本稿では、ラートクラバン工業団地の特徴や立地条件、インフラ、主要な産業クラスター、そして入居企業の概要について詳述する。
特徴
立地とアクセス
ラートクラバン工業団地が注目される最大の理由の一つは、その優れた立地と交通アクセスの利便性である。バンコク中心部から東へ約30kmに位置し、主要幹線道路や高速道路が整備されているため、バンコク市内や周辺の工業地帯への移動が容易である。また、国内外への物流にも適した環境が整っている。
スワンナプーム国際空港に近接
タイの主要国際空港であるスワンナプーム国際空港から約10~15kmの距離にあり、車で20~30分程度で到達可能である。航空貨物を活用するビジネスや、迅速な部品調達が求められる製造業にとって、大きな優位性を持つ。また、海外からのバイヤーや技術者が訪問する際も、空港からの移動時間が短縮されることで、企業活動の効率向上につながる。
港湾へのアクセス
バンコク港から約45kmに位置し、海上輸送の利便性が高い。さらに、タイ最大の商業港であるレムチャバン港へは、都市高速道路を利用することで約1時間半で到達可能である。また、鉄道網の要所としても機能しており、コンテナ輸送や国内物流の効率化が図れる。これにより、輸出志向の企業のみならず、国内市場と海外市場の双方をターゲットとする企業にとっても、戦略的な立地となっている。
周辺インフラの発展
工業団地周辺には、ショッピングモールや住宅地が整備されており、労働者にとって生活しやすい環境が整っている。また、バンコク近郊という地理的特性から、大学や研究機関との連携が容易であり、人材の確保に適している。こうした環境整備が、企業の安定した経営と人材確保の面で大きく寄与している。
インフラと施設
ラートクラバン工業団地は、タイ工業団地公社(IEAT)および民間デベロッパーによる計画的な開発が進められ、優れたインフラと充実したサポート体制を備えている。
安定した電力・水道供給
製造業の安定稼働には、電力と水の安定供給が不可欠である。同工業団地では、タイ最大手の電力会社であるEGAT(Electricity Generating Authority of Thailand)系列の配電網が整備されており、安定した電力供給が可能である。水道についても、首都圏水道公社(Metropolitan Waterworks Authority、MWA)からの安定供給が確保されており、操業リスクの低減につながっている。
環境対策と下水処理
近年、タイ国内では環境保護への関心が高まっており、ラートクラバン工業団地でも環境対策が強化されている。「活性汚泥法」に基づく下水処理施設が2カ所設置されており、行政当局の環境基準に適合する取り組みが行われている。また、廃水や排気ガスの監視体制も強化されており、国際基準に準じたCSR(企業の社会的責任)を実践しやすい環境が整備されている。
道路・倉庫・物流施設の充実
工業団地内には広い道路、共同倉庫、物流センターが整備されており、物流面での利便性が高い。大型トラックによる製品・部品の輸送においても、道路設計が考慮されているため、重量物や大型貨物車の運用が容易である。さらに、通関手続きや輸出入業務をサポートする物流企業やフォワーダーが工業団地周辺に多数拠点を構えており、サプライチェーン全体の最適化が可能となる。
産業クラスター
ラートクラバン工業団地には、多様な産業が集積しているが、大きく分けると自動車、電子・電気部品を中心とするクラスターが形成されている。それぞれのクラスターは、サプライチェーンの連携が強く、協力企業や関連部品メーカーが近接している利点を活かしながら発展を続けている。本章では、各クラスターの特徴を詳述し、代表的な入居企業を紹介する。
自動車産業クラスター
タイは「東洋のデトロイト」と称されるほど、自動車産業が発展している。ラートクラバン工業団地にも、自動車メーカーや自動車部品サプライヤーが多数進出しており、大型の組立工場に加え、エンジン、トランスミッション、電装部品などの専門部品工場も充実している。
代表的な入居企業には、タイ国内で乗用車を生産するいすゞ自動車やホンダなどの日系自動車メーカーが挙げられる。また、これらのメーカーを支える部品メーカーも拠点を構えている。タイ国内の安定した自動車需要に加え、東南アジア各国への輸出拠点としての役割も担っており、継続的な設備投資や物流インフラの整備が進められている。
- 主な入居企業
- いすゞ自動車
- 本田技研工業
- エフ・シー・シー
- アート金属工業
- オギハラ
電子・電気部品クラスター
タイは電子部品の製造・輸出大国であり、日系・欧米系の大手電子機器メーカーや部品サプライヤーが集積している。ラートクラバン工業団地も例外ではなく、家電部品、空調機器部品、プリント基板、コンデンサ、コネクタなど、幅広い電子・電気部品の生産拠点が形成されている。
代表的な企業として、三菱重工が挙げられる。同社はタイのマハジャック・グループとの合弁会社を通じて、家庭用および業務用空調機器を製造している。また、フランスの大手光学機器メーカーであるエシロールルックスオティカも入居している。
- 主な入居企業
- 三菱重工
- エシロールルックスオティカ
- EICセミコンダクター
- KCEエレクトロニクス
その他製造業クラスター
上記の主要クラスターに加え、化学品、医薬品、機械など、多岐にわたる製造業がラートクラバン工業団地に拠点を構えている。タイは、アセアン各国と比較して政治的安定性が高く、長年にわたり外資系企業の進出が活発であることから、多様な分野で事業が展開されている。
化学メーカーや医薬品企業にとって、輸出時の通関手続きや製品の品質管理を円滑に進めるためには、輸送時間の短縮が重要である。ラートクラバン工業団地は、空港・港湾へのアクセスが良好であり、温度管理が必要な医薬品や化学薬品の輸送にも適している。
- 主な入居企業
- 明治
- ヤンマー
- 3M
- ユニリーバ
入居企業
ラートクラバン工業団地は、バンコク近郊に位置し、空港や港湾までのアクセスの良さ、計画的に整えられたインフラ、企業活動を支える優遇措置など、多種多様なメリットを備えている。自動車、電子・電気、食品加工、物流、化学といったクラスターが形成されており、各産業のサプライチェーンが密接に連携することで高い競争力を維持している。また、日系企業にとっては、東南アジア市場へのゲートウェイとして機能する重要拠点であり、日本国内の成熟期を迎えた市場とは異なる成長可能性を秘めた地域でもある。
日系企業一覧
以下に、ラートクラバン工業団地に入居する日系企業を示す。
会社名 | 親会社 | 業種 |
---|---|---|
THAI HONDA | 本田技研工業 | 輸送用機械 |
ISUZU ENGINE MANUFACTURING THAILAND | いすゞ自動車 | 自動車部品 |
FCC THAILAND | エフ・シー・シー | 自動車部品 |
ART-SERINA PISTON | アート金属工業 | 自動車部品 |
OGIHARA THAILAND | オギハラ | 金型 |
THAI UG | 表面処理 | 内田ゴールド |
ISUZU TECHNO THAILAND | いすゞ自動車 | 生産機械 |
KATO STEEL THAI | 加藤鋼材 | 鋳造 |
MITSUBISHI HEAVY INDUSTRIES-MAHAJAK AIR CONDITIONERS | 三菱重工 | 電子・電気部品 |
YANMAR S.P. | ヤンマー | 建設・農業機械 |
ASADA MACHINERY | アサダ | 補助機械 |
ASADA THAILAND | アサダ | 補助機械 |
K.U.NOMURA THAI | ノムラ化成 | 射出成形・押出成形 |
KYOSEKI AUTOMOTIVE PIPING | 京石産業 | 卸売・商社 |
THAI MEIJI PHARMACEUTICAL | 明治 | 医薬・医薬関連 |
THAI MARSOL | 日本マタイ | 包装・梱包資材 |
KUIPO THAILAND | クイーポ | 繊維・紙パルプ |
HAMAJI INDUSTRY THAILAND | ハマヂ産業 | 繊維・紙パルプ |
MARUKEI INDUSTRY THAILAND | 丸計 | 鉄鋼・非鉄金属 |
ENDO THAI | 遠藤製作所 | その他製品 |
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