バンプー工業団地の特徴

はじめに
タイの工業団地は、国の経済成長を支える重要な基盤として、多くの製造業やサービス業を受け入れている。中でもバンプー工業団地(Bangpoo Industrial Estate)は、首都バンコクに隣接するサムットプラカーン県に位置し、タイ工業団地公社が管理する大規模な工業団地である。1977年に開設され、タイ国内で最も歴史のある工業団地の一つとして、多くの国内外企業が入居し、高い存在感を示している。特に、自動車、電機・電子部品、食品、化学、物流など、幅広い業種の企業が集積している点が特徴である。
また、バンプー工業団地は沿岸部に位置し、タイの物流拠点としても重要な役割を担っている。国内市場への供給に加え、ASEAN域内や世界各国への輸出入も活発に行われており、戦略的に優れたロケーションと評価されることが多い。そのため、海外投資家や日系企業にとっても、高い価値を持つ拠点となっている。
本稿では、まずバンプー工業団地の立地条件やインフラ、施設面での支援体制について紹介する。次に、団地内に入居する主要な産業について、それぞれの特徴と代表的な入居企業を交えながら詳しく解説する。
特徴
立地とアクセス
バンプー工業団地は、タイの首都バンコクの南東に隣接するサムットプラカーン県に位置する。バンコク市街地から約30~40kmと非常に近く、車やトラックを利用した輸送も1時間前後で可能である。もともとこの地域は、工場用地の確保が比較的容易であり、政府のインフラ投資計画の支援を受けやすい環境にあったことから、工業団地として発展を遂げてきた。
近年、タイ政府は東部経済回廊(EEC:Eastern Economic Corridor)プロジェクトを推進しており、東部沿岸地域における物流、人材育成、研究開発の促進を目指した長期的な施策を打ち出している。バンプー工業団地は、地理的にはEECの中心地域よりややバンコク寄りに位置するものの、バンコク港やスワンナプーム国際空港、レムチャバン港へのアクセスが良好であるため、このプロジェクトの恩恵を受けることが期待される。
交通インフラの面では、複数の高速道路が整備されており、首都圏や東部沿岸の主要港湾施設への移動が短時間で可能である。さらに、将来的に高速鉄道が整備されれば、輸送効率のさらなる向上が見込まれる。また、クローントゥーイ港への陸送も比較的容易であり、国内外への輸送において競争力のある立地となっている。
サムットプラカーン県は、歴史的に海洋交易で栄えた地域であり、海岸沿いの平坦で広大な土地を活用しながら、近代的な工業団地の整備が進められてきた。バンプー工業団地も1980年代から本格的に開発が進み、多国籍企業やタイ企業の進出により、製造業を中心に大きな成長を遂げている。その結果、地域経済の活性化に加え、インフラ整備や労働力の確保、さらには商業施設や住宅開発の拡大といった包括的な地域発展が進んでいる。
インフラと施設
バンプー工業団地では、企業活動を円滑に進めるために、各種インフラおよびサービスが整備されており、入居企業に対して以下のようなサポートを提供している。
電力・水道の安定供給
工業団地内には整備された電力網があり、タイ首都圏配電公社(Metropolitan Electricity Authority、MEA)からの電力供給を受けることができる。さらに、非常用発電設備や停電時の緊急対応策が講じられている地域もあり、製造ラインの停止リスクを最小限に抑える配慮がなされている。工場やオフィス向けの電力供給に関しても柔軟な対応が可能である。
また、中部電力が出資するTACエナジー社からの電力供給も利用でき、安定したエネルギー確保が可能である。水道に関しては、首都圏水道公社(Metropolitan Waterworks Authority、MWA)より安定した給水を受けられる。
排水処理・環境保護
工業団地の運営当局は、環境保護の観点から排水処理設備および廃棄物処理施設を設置し、厳格かつ効率的に管理・運営している。工業廃水に関する基準を設定し、企業が規制を遵守できるようなサポート体制を構築している。
近年、タイでは環境問題と持続可能性への意識が高まっており、環境に配慮した生産活動が求められている。そのため、バンプー工業団地では排水・排ガスの管理や産業廃棄物の適切な処理を徹底している。
工業団地内には3カ所の排水処理施設が整備されている。一般ゾーンには「活性汚泥法」による処理施設が2カ所、IEATフリーゾーンには「回転式生物膜処理システム」を採用した施設が1カ所設置されている。
通信インフラ
高速インターネット回線が敷設されており、ローカル企業だけでなく、海外拠点との連携を必要とする多国籍企業にとっても大きな利点となっている。オンライン会議やデータ送受信が不可欠な現代において、通信環境の充実は競争力を左右する重要な要素である。
そのため、工業団地運営側は光ファイバー網の拡充やIT系サービスプロバイダーとの提携を進め、円滑なビジネスコミュニケーションをサポートしている。
防災対策
タイ中部地域は雨季における洪水や高潮のリスクが存在する。バンプー工業団地は海岸沿いに位置するため、防災対策として排水ポンプ、排水路の整備が進められている。
2011年の大洪水を受け、タイ政府および工業団地運営各社は防災インフラへの投資を大幅に拡充した。その結果、現在では過去の水害の教訓を生かした堅牢なインフラが整備されており、企業が安心して操業できる環境が整っている。
産業クラスター
バンプー工業団地には、複数の主要産業が集積することでクラスターを形成している。こうしたクラスターは、企業間での協力体制や情報共有が進む結果、コスト削減やイノベーションの創出を促進し、地域全体の競争力を高める効果がある。本節では、特に存在感を放っている3つの産業クラスターについて、それぞれの特徴と入居企業の例を挙げながら詳しく見ていく。
電機・電子部品産業クラスター
電機・電子部品産業は、バンプー工業団地を支える主要なセクターの一つである。PC、スマートフォン、家電製品、産業用電子機器など、世界的に需要が拡大する電子機器の製造拠点として、タイはASEAN域内でも存在感を示している。
この産業クラスターでは、EMS(Electronics Manufacturing Services)を提供する企業が多く、グローバルで急増する電子製品の受託生産を担っている。電子機器産業はサプライチェーンが複雑化しており、基板や半導体チップ、パッケージ材料といった原材料を安定的に調達できる環境が求められる。その点、バンプー工業団地はバンコク港やレムチャバン港へのアクセスが良好であり、部材調達のリードタイムを短縮できるという優位性を持つ。
この工業団地を代表する企業の一つが、デルタ・エレクトロニクス(DELTA ELECTRONICS THAILAND)である。同社は台湾のデルタ電子の子会社で、電子機器の受託製造を主力事業とする。さらに、タイ証券取引所に上場しており、SET 50 Indexにも採用されている。2025年2月時点では、タイの有力財閥や国有企業を上回り、タイ上場企業の中で最大の時価総額(約4兆5,000億円)を誇る。バンプー工業団地内に複数の生産拠点を持ち、同エリアで最も影響力のある企業の一つとして存在感を示している。
- 主な入居企業
- デルタ電子
- 富士電機
- 住友電気工業
- シンフォニアテクノロジー
- アイエム電子
- 東洋電産
食品・農産加工産業クラスター
タイは、世界有数の農業国であり、食品輸出国としても広く知られている。工業団地内においても、食品・農産加工関連の企業は重要な位置を占めており、その存在感は大きい。バンプー工業団地においても、多くの食品製造工場が操業しており、国内市場とグローバル市場の双方を見据えた生産活動が行われている。
食品産業クラスターが強固である理由の一つに、原材料調達の利便性が挙げられる。農業・漁業が盛んなタイでは、米、野菜、果物、海産物など多種多様な農水産物が国内各地で生産されており、これらの原材料を近郊から効率的に調達し、加工することが可能である。
さらに、タイ国内では冷凍技術や食品包装技術が高度化しており、高品質な食品の生産が可能となっている。これにより、アセアン諸国をはじめ、欧米やアジア各地へ安定的に供給できる環境が整っている。
今後、世界的な人口増加やライフスタイルの変化に伴い、食品・農産加工産業の需要は一層拡大すると予測される。バンプー工業団地は、この流れの中で引き続き重要な輸出拠点として機能し、さらなる成長が期待される。
- 主な入居企業
- 日清製粉
- ネスレ
- カルビー
- マルハニチロ
化学・プラスチック・素材関連産業クラスター
化学・プラスチック・素材関連産業は、自動車、電子部品、食品包装など、多様な製造業を支える基幹産業である。バンプー工業団地には、樹脂や化学薬品、ゴム製品、パッケージ材料を製造する企業が多数進出しており、各種用途に対応した素材を供給している。
この産業の特徴として、製造工程には専門的な知識や高度な設備が求められるうえ、輸送や保管においても厳格な安全管理が必要となる。そのため、工業団地では危険物保管施設や専用運搬ルートの整備を進めるとともに、企業が法規制や環境基準を遵守しやすいよう技術的な支援体制を整えている。
近年、バイオプラスチックやリサイクル素材などの環境配慮型製品への需要が高まっており、バンプー工業団地でも循環型素材の研究開発や製造を手掛ける企業が注目を集めている。SDGs(持続可能な開発目標)の推進が世界的な潮流となる中、化学・素材産業の技術革新は、タイ経済のみならず、グローバル市場にも大きな影響を与える可能性がある。
- 主な入居企業
- ニトリ
- 東レ
- 日本パーカライジング
- JFEホールディングス
- 神戸製鋼所
入居企業
タイ全体で見ると、日系企業は自動車や電機・電子部品分野を中心に、多数の拠点を展開している。バンプー工業団地においてもこの傾向は顕著であり、自動車産業や電機・電子部品、化学・素材、食品・農産加工、物流など、サプライチェーン全体をカバーする体制が整備されている。
特に、バンプー工業団地には多くの部品サプライヤーが進出しており、自動車および電子部品分野の供給網を支えている。また、食品や化学分野においても一定数の日系企業が拠点を構え、海外戦略の一環としてバンプー工業団地を選択する企業が多い。
日系企業一覧
以下に、バンプー工業団地に入居する日系企業を示す。
会社名 | 親会社 | 業種 |
---|---|---|
NHK PRECISION THAILAND | 日本発条 | 自動車部品 |
MURAKAMI AMPAS THAILAND | 村上開明堂 | 自動車部品 |
MURAKAMI MANUFACTURING THAILAND | 村上開明堂 | 自動車部品 |
SRITHAI MIYAGAWA | 宮川化成 | 自動車部品 |
VALQUA INDUSTRIES THAILAND | バルカー | 射出成形・押出成形 |
DMS TECH | ダイキョーニシカワ | 射出成形・押出成形 |
TS MOLYMER | 日本モリマー | 出成形・押出成形 |
FUJI TUSCO | 富士電機 | 電子・電気部品 |
IM ELECTRONICS THAILAND | アイエム電子 | 電子・電気部品 |
SINFONIA TECHNOLOGY THAILAND | シンフォニアテクノロジー | 電子・電気部品 |
JP THAI ASAHI ELECTRONICS | ジェイピー岡山コーポレーション | 電子・電気部品 |
SIAM TOYODENSAN | 東洋電産 | 鋳造 |
THAI NISSHIN SEIFUN | 日清製粉 | 食品 |
CALBEE TANAWAT | カルビー | 食品 |
SOUTHEAST ASIAN PACKAGING AND CANNING | マルハニチロ | 食品 |
SIAM TOPPAN PACKAGING | 凸版印刷 | 包装・梱包資材 |
SUNSTAR CHEMICAL THAILAND | サンスター | 化学 |
SIAM NITORI | ニトリ | 繊維・紙パルプ |
TORAY TEXTILES THAILAND | 東レ | 繊維・紙パルプ< |
THAI PARKERIZING | 日本パーカライジング | 表面処理 |
SUMITOMO ELECTRIC WINTEC THAILAND | 住友電気工業 | 鉄鋼・非鉄金属 |
NEW BANGPOO MANUFACTURING | JFEホールディングス | 鉄鋼・非鉄金属 |
CENTRAL METALS THAILAND | JFEホールディングス | 鉄鋼・非鉄金属 |
KOBELCO MIG WIRE THAILAND | 神戸製鋼所 | 特殊加工 |
THAI KOBELCO WELDING | 神戸製鋼所 | 特殊加工 |
KOKUYO-IK THAILAND | コクヨ | 事務用品 |
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